「築地市場、移転の是非 衛生管理考え、豊洲が適当」
                 2017年1月28日朝日新聞「私の視点」掲載より

                                   食科協理事長  関澤 純


東京都中央卸売市場の移転問題が迷走している。1月14日に開かれた都の専門家会議で、「基準値の79倍のベンゼン検出」と、従来のモニタリング結果とかけ離れた最新データが公表され、都に対する不信感が高まった。微量物質の検査はサンプルの保管条件などで結果が大きく変わることがあり、保管条件や検査方法の確認が必要だ。昨秋まで2年間200地点以上の検査では、最大で基準の1・4倍と除去対策前に比べ約1万分の1まで低下していた。
 
 筆者は中央環境審議会化学物質評価専門委員を20年務め、環境省がベンゼンの大気環境基準を設けた際に健康リスク評価に関わった。有害物質の環境基準は規制値ではなく、健康と生活環境を守るための行政の目標値であり、大きな安全性を見込み、年間平均値で表される。ベンゼンでは、基準値相当の地下水を毎日2リットル、70年間飲み続けた場合、がんの発生確率が10万分の1だけ高まる可能性を回避するレベルだ。仮に地下水から環境基準の10倍のベンゼンが蒸発し食品に付着しても、水分中の濃度は飲料水の水質基準の1千分の1未満と見積もられ、健康への影響はほとんどないと言える。
 
 食品衛生の観点から、築地と豊洲を比べてみよう。開設から80年がたった築地市場は開放構造で、観光客が売り物の魚に手を触れられる状況で、食品テロの危険性を考えると極めて危うい。さらに問題なのは、ネズミやハトも容易に市場内に出入りできることだ。フンには食中毒の原因となるウイルスや病原菌が含まれているが、築地の構造では侵入を阻止するのは難しい。豊洲市場は取引業者と観光客の動線は厳密に区別され、ネズミやハトが入りにくい閉鎖構造と管理体制が取られる。
 
 国は昨年末、国際的な食品の衛生管理規則であるHACCP(ハサップ)を制度化する方針を示した。卸売市場も対象になる。ハサップは、原材料の調達から最終製品の出荷に至る全過程で、温度など衛生に関わる基準をあらかじめ決め、全てを記録することで予防的に食品の安全を管理する。最終製品を抜き取り検査し、基準を満たさない製品が出た場合に対応するこれまでの規制とは逆の考え方だ。予防的な衛生管理に対応しやすい構造と体制を考えれば築地より豊洲が適当となろう。
 
 築地市場は都民に愛されてきた伝統があり、市場関係者が問題解決に向け長く真剣な対応を続けてきたことを評価する。最近の移転問題の迷走は、消費者や関係者に無用な不安を与え、行政への不信を高めた。零細な事業者を守りつつ、国際標準に適合した衛生管理体制を視野に入れ、移転問題を検討すべきだ。

                         (せきざわじゅん 食品保健科学情報交流協議会理事長〈元徳島大教授〉)

朝日新聞「私の視点」欄 2017年1月28日掲載の記事から転載します(承諾番号A16-2678)。
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