2011年を振り返り新年の課題を考える 
               食科協理事長  関澤 純 2012年1月5日

新年あけましておめでとうございます。年頭にあたり一言述べさせていただきます。

大きな転機を迎えた2011

昨年は、東日本大震災と大津波による未曾有の大災害、合わせて起きた福島原発の「人災」があり、人と自然の関係、科学技術の恩恵と負の側面、さらに私たちの未来と生きることの意味を考え直すことが迫られました。第2次大戦後の経済と技術の発展を通して、私たちはさまざまなリスク事象を制御し克服してきました。安全で安定した食の供給には、冷蔵冷凍技術の発達と衛生的管理の徹底により、遠隔地から衛生的でおいしい食品を入手し享受する仕組みを作ってきました。そうした中でともすれば、世界の別の地域で飢えに苦しみ非衛生的な水により病死する子供たちがまだ多くいることを忘れ、また自然の脅威は人の力で管理しうると誤解してしまった面があったのではないでしょうか?

食科協の組織強化と新たな取り組み

 昨年食科協では、これまで献身された方がたに替り新たなメンバーが力を発揮してくださいました。勉強会やシンポジウムなどでは昨年起きた事件も反映して、食品の放射性物質汚染と健康への影響、生肉摂取による食中毒事故、食品表示の一元化問題、施行後5年を経た農薬等のポジティブリスト制度の検証、食の安全クイズの継続・発展と電力事情悪化に対応した食品衛生管理などをテーマに掲げ、会員の皆様のご協力をいただくだけでなく、関係団体と連携を図り、多くの方の参加を得て活発なご討論を進めてきました。今年はさらに会員の皆様から、ご希望やご提案をいただき、昨年の活動の継続・発展を図るとともに新たな豊富な内容にも取り組んでゆけたらと考えています。

異なるリスクへの対応を通して食の安全と安心の関係を考える 

 生肉による食中毒問題、食品の放射性汚染に関しては、新たな規格基準(案)が公表されました。病原菌による食中毒は減ってきたといえ、今なお毎年犠牲者を出しています。病原菌・ウイルスによるリスクは、動物の腸管内での一定割合での生息、薬剤耐性獲得への変異、野鳥や旅行者などによる海外からの伝搬の危険があり、有害物質のように発生源での管理でリスクを減らせても、ゼロに近い低減は図れません。根絶が不可能なため、生産から消費に至るすべての関係者の適切な理解に基づく連携した衛生対応で食中毒を抑え込むことが必要なことを周知してゆく必要があります。

他方、放射性物質による健康リスクでは、原子炉周辺の莫大な高濃度放射性物質の徹底封鎖を東電と政府の責任で早期に進めさせることが急務である一方で、食品汚染では限られたホットスポットを除き高濃度汚染する可能性が低減されつつある現状を踏まえ、自然放射能とそれに対し人類が獲得してきた防御機能の存在を前提に、本来環境中の放射性物質はゼロではないという事実認識に基づく対応が重要になります。

このようにリスクの特性に応じた対応の違いの認識が国民に周知されておらず、必要とされる関係者間の連携が適切に構築されていないと自己の守備範囲にしか目が向かないため、優先順位を明確にした対応が不十分であるのが現状です。BSE問題でもそうだったように、放射線問題でも責任ある政治家たちや一部のマスメディアが安易に「ゼロリスク」風潮の先鞭を担ぎ、国民の誤解を助長しています。科学的なリスクの検討を担う専門家が、進行する「魔女狩り」傾向に対して萎縮してしまうのは決して望ましいことではありません。放射性物質については新たな基準はどのような科学的、また行政的な判断により決められようとしているか、安全と安心の関係をどう考えると良いのか、きちんとした説明がなされないと不安だけが残ってしまいます。

今年の課題

昨年は私自身、震災被災地ほか各地を訪ねてお話をし、また被災地の方をお招きし、生の声をお聞きしました。テレビや新聞から得られる情報だけを頼りにしては、計り知れない過酷な現実に向き合わされている方たちの現状に言葉を失う思いでした。「福島県が地図から無くなる夢を見た」という高校生の詩を聞いて胸を打たれました。町全体が壊滅した女川町、4千名の方が亡くなられた石巻ほかを尋ね、「復興」の掛け声にほど遠い現場の状況に、親や子、知人を亡くし、住む家を失い、仕事もなくした方たちの待ったなしの要望に対して、「9ケ月を経過して国はどれだけのことをやってきたのか?」との疑念の思いを深くしています。

今年は、さらに市場原理主義を原則とするTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への参加に伴う輸入食品のさらなる流入と、衛生植物検疫措置における各国間の安全基準の相違、さらに医療や保険分野までもが問題となりそうです。また消費者庁による表示の一元化の検討では、表示で何がもっとも重要かを明確にしないままの議論の進行は、多くの関係者に無用な混乱を招く恐れがあります。

私たちに今求められるのは、現実をよく見、聞いた上で、考え、人の繋がりを基礎に、情報を共有するだけのリスクコミュニケーションに留まらないで、問題の把握と解決策の提示、方針の選択と実施での適切な連携を基礎としたリスクガバナンス推進の取り組みを、できるところから始めることではないでしょうか?